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会員わずか210人「研究者の頂点」学術会議とは
政府が日本学術会議の新会員候補6人を任命しなかった問題が波紋を広げている。識者からは「学問の自由」への侵害との声が上がる。政府はこれを否定する一方、任命を除外した理由は語らない。除外に至るまでに何があったのか。学問の自由は脅かされていないのか。
日本学術会議は、理系から文系まで日本の全分野の科学者を代表する機関として、戦後まもない1949年に発足した。根拠は日本学術会議法(48年制定)。科学が戦争に動員された反省から、内閣総理大臣の「所轄」で経費は国庫負担としながらも、政府から独立して職務を行う「特別の機関」と規定された。
先進国の学術団体は、もっと明確に国から独立していることが多い。学術会議の事務局によると、全米科学アカデミーや英王立協会は民間団体とされ、運営財源も国に依存していないという。
日本学術会議は、科学政策への提言や国内外の科学者の連携、世論の啓発などを担う。会員は210人。任期は6年で、3年ごとに半数が交代する。当初は国内のほぼすべての研究者による選挙で選ばれ、「学者の国会」とも呼ばれた。
だが、60年代前後に、現在の総合科学技術・イノベーション会議の前身である「科学技術会議」や原子力委員会などが設立されると、存在意義は次第に低下。選挙に出る科学者が減ったことなどから、84年に会員選出方法を変更。学会の方針を基にして学術会議が候補者を推薦し、内閣総理大臣が推薦に基づいて任命するようになった。法改正された83年の国会答弁で、中曽根康弘首相(当時)は「政府が行うのは形式的任命にすぎない。学問の自由、独立はあくまで保障される」と述べ、学術会議の推薦を尊重する考えを示していた。
仲間うちで会員を引き継ぐなどの悪弊や、会員の高齢化が指摘され、2005年には、現会員が次の委員を推薦する方式に変わり、70歳定年制も導入された。会議が推薦した候補を首相が任命しなかったのは、少なくともこの方式になった後は今回が初めて。野党や学者などからは、学問の自由や学術会議の独立性への侵害を懸念する声が上がっている。
非常勤の特別職国家公務員
現在は1部(人文・社会科学)、2部(生命科学)、3部(理学・工学)の各70人で構成されている。ほかに会員を支える「連携会員」が約2千人おり、任期は6年で2期まで務められる。連携会員から会員になる人や、会員から連携会員になる人も多く、最大で計18年間学術会議に関われる。
「会員はわずか210人。選ばれることは、数十万人の研究者の頂点として名誉であるのは間違いない」と、ある会員は話す。国の大型科学プロジェクトのもとになる「マスタープラン」を策定したり、地球温暖化や生殖医療といった課題で提言や声明をまとめたりする作業に加わる。全体で年3千回ほどの会議が開かれているという。
会員は非常勤の特別職の国家公務員で、旅費や手当が支給される。手当は会議出席時に1日1万9600円。所属する各種委員会の仕事のほか、年2回の総会と、各部の幹部になると毎月の幹事会への参加も求められ、特に地方在住だと負担が大きい。本務の研究活動などに上乗せされるため、多忙を理由に固辞する会員もいるという。
一方で、大学などにとっては、学術会議に会員を送り込むことは存在感につながるだけでなく、国の研究資金獲得のための情報をいち早く把握できる利点もあるという。一定数の会員を確保したいという組織の事情を証言する元会員もいる。
「解釈変更」認めない政府
今回の問題が報道で明らかになったのは、学術会議の総会があった10月1日。約1カ月前の8月31日、同会議は推薦する105人の名簿を安倍晋三首相(当時)に提出したが、9月28日に政府から届いた名簿には99人しか掲載されていなかった。「任命しない理由は答えられない」との説明があったという。
1日の総会後、退任した山極(やまぎわ)寿一・前会長は「私たちは理由を付して新会員を推薦したのに、理由をつけずに任命しないという事実がまかり通ってしまったことは大変遺憾」と語った。
今回の任命除外には伏線があった。安倍政権下の18年、学術会議を所管する内閣府が、内閣法制局に同法の解釈を照会し、「必ず任命する義務はない」ことを確認。今年9月にも再び照会していた。83年の政府解釈が変更されたかどうかが焦点だが、5日の会見で加藤勝信官房長官は、「憲法との関係も含めて整理をした。構造的な仕組みそのものを変更しているわけではない」として「解釈変更」を認めていない。
朝日新聞の取材では16年、正式な推薦決定前の選考過程で、3ポストの補充人事について会議が各2人ずつ候補者案を示したところ、2ポストについて会議が優先順位を上位にしていた候補に難色を示し、会議が欠員補充を見送る事態になっていたことが明らかになっている。